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てんかんアラカルトvol.27 イアン・カーティスとてんかん1) [てんかん診療Q&A]

vol.27 イアン・カーティスとてんかん

イアン・カーティス(1956-1980)1)

イアン・カーティス(Ian Curtis、1956-1980、図)はイギリスのロック歌手で、19歳のときに結婚し、公務員として障害者のための職業安定所で働いていた。21歳の時、ロックバンド「ジョイ・ディヴィジョン」に参加し、ボーカルと作詞を担当した。日本で2008年に公開された映画「コントロール」によると、ロンドンでの初ライブがうまくいかず、その帰途にはじめてのてんかん発作を起こしたとされる。しかし、妻の回想では16歳のときにフラッシュバックのような発作症状があり、ステージ上ではストロボ・フラッシュをあびてしばしば倒れこんだという。有名な「シーズ・ロスト・コントロール」は、イアンが職業安定所で仕事を斡旋したてんかんの少女が突然死したことを知って書いた詩であるが、てんかんのある彼自身の心情そのものである。イアンのステージは張りのあるバリトン・ボイスと取り憑かれたような表情、そして激しくけいれんするような動きで、観る者に強烈な印象を与えた。不安、孤独、絶望に満ちた内省的な歌詞と、エキセントリックなパフォーマンスは若者たちから熱狂的な支持を得た。レコーディングやヨーロッパ・ツアーなどのハードなスケジュールをこなす中でイアンの発作は頻発し、PB、PHT、CBZ、VPAなどを使用したが発作抑制には至らなかった。ロックスターとしてのプレッシャーや妻と愛人の間の葛藤など、精神的にも肉体的にも追い詰められて、心因性非てんかん発作(PNES)も合併していたといわれる。てんかんを発病して1年4か月後、23歳のとき抗てんかん薬を大量服用し自殺を図った。さらにその1か月後、妻との離婚調停が挫折した翌朝、アメリカ・ツアーが予定されていた前日に縊死した。うつ病を発症していたともいわれる。

【参考文献】

  • Tuft M et al: Ian Curtis: Punk rock, epilepsy, and suicide. Epilepsy Behav 52: 218-21, 2015.

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KK-19-05-25579

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