倉敷成人病センター
[外来化学療法 現場ルポ]
2024年1月30日公開/2024年1月作成
- ●理事長:安藤 正明 先生
- ●院長:梅川 康弘 先生
- ●開設:1971年
- ●所在地:岡山県倉敷市白楽町250
「薬剤師外来」「がん看護外来」と緊密に連携し、
一人ひとりの患者をきめ細かく支援
婦人科の腹腔鏡下手術をはじめ、手術実績で定評のある倉敷成人病センターは、がん診療の充実にも力を入れており、2021年には新棟を増築し、放射線センターを新設。がんの集学的治療が行える診療体制を確立した。通院治療センターでは化学療法の治療件数も増加しており、薬剤師による「サポート外来(薬剤師外来)」、看護師による「がん看護外来」と緊密に連携しながら、安全で効果的ながん薬物療法を実施している。
1. 地域における役割
集学的治療体制を確立し、
すべての固形がんの治療に対応
倉敷成人病センターは1971年の開設以来、生活習慣病をはじめ一般的な慢性疾患の診療に取り組むとともに、がん、リウマチ・膠原病、肝臓病、人工透析、不妊症、小児神経疾患など専門領域の治療にも注力してきた。2021年には超高齢社会のニーズに応え、眼科診療を拡大し「アイセンター」を開設。ロービジョン外来を新設し、角膜移植以外のすべての眼科診療に対応できる機能と診療体制を整備した。
また、成人だけでなく周産期医療も充実しており、2022年度の分娩総数は1,400件を超え、西日本有数の実績を誇っている。近年は、出生後も子どもたちの成長を持続的に支えていくため、小児科医を十数名に増員するなど小児科の診療体制を強化している。
がん医療においては、1994年、隣接地に新築移転した倉敷成人病健診センターと連携しながら、早期発見・早期治療に努めてきた。現在では健診センターのスクリーニングでがんが疑われると、併設する倉敷成人病クリニックで精密検査を実施し、がんが確定すれば倉敷成人病センターで治療するという流れが確立している。また、がんの集学的治療体制の整備とともに緩和ケア、がん相談支援、がん登録など、がん患者とその家族を包括的にサポートする体制づくりも進め、2012年には岡山県のがん診療連携推進病院に指定されている。
倉敷成人病センターは、もともと手術には定評があり、特に婦人科の腹腔鏡下手術では国内有数の施設として知られている。2013年には中四国地方の民間病院では初めて内視鏡手術支援ロボットを導入し、子宮がんや前立腺がん、腎臓がんなどの手術に積極的に活用してきた。2021年に新棟を増築した際には「ロボット先端手術センター」を開設し、最新型の内視鏡手術支援ロボット3台体制で低侵襲手術に取り組める治療環境を整えている。
また、同年には「放射線センター」も新設し、これまで他院と連携して実施していた放射線治療を独自に行えるようになった。強度変調放射線治療、定位放射線治療が迅速かつ高精度に実施できるよう設計された最新鋭の放射線治療装置を導入。がんの根治治療だけでなく、再発・転移の予防照射から痛みの緩和照射まで、さまざまな病態・状態に放射線治療を応用している。そして、これにより血液がんを除く、すべての固形がんの治療に対応できる集学的治療体制が確立された。
同センターでは、新棟を包括的ながん診療を実施する診療棟として位置づけ、この棟で手術、放射線、薬物療法が行えるよう診療機能を集約した。特に1階には放射線センター、通院治療センターを配置し、通院治療センターに隣接して検査室、がん相談支援センターも設置されているため、1階フロアだけで外来化学療法を受ける導線は完結されている。
2. 外来化学療法の特徴①
患者の不安を軽減するために
治療室の快適性と居住性を重視
「通院治療センター」では、外来だけでなく入院を含め、同センターで行われるすべてのがんの薬物療法に対応している。年間の実施件数は2022年度の実績で3,000件(外来:約2400件、入院:約600件)を超える。薬剤科科長を兼務する今村牧夫診療支援部部長は「国のがん診療連携拠点病院と同等の治療環境を整え、3大治療が提供できるようになったことから、がん薬物療法の件数もさらに増えていくと予測しています」と期待を込めて言う。
全15床(ベッド6床、リクライニングチェア9床)の通院治療センターでは、患者・家族が快適に治療を受けられるよう、さまざまな工夫を凝らしている。「そもそも通院治療センターに来るだけで患者さんには大きなストレスがかかります。"今日は治療ができるのだろうか"という不安に始まり、薬剤を投与しているときも"この薬は効いているのか"とか"病状が悪化しているのではないか"といった心配事が頭をよぎります。このような不安や心配を少しでも軽減するために、ハード面では居住性を重視しました」と通院治療センターの設計責任者を務めた今村部長は狙いを語る。
具体的な工夫としては、窓を大きく取り、部屋の中に自然光が入るようにした。また、治療中に外の景色を眺められるようにリクライニングチェアを窓側に向けて配置し、窓下にはベンチを作った。このベンチは患者に付き添ってきた家族のためのもので、治療中も家族が一緒に過ごすことができるように配慮した。
スタッフは、看護師7名、薬剤師4名のほか管理栄養士が1名専従で配置されている。管理栄養士を専従としたのは連携充実加算の算定が始まる以前から。「味覚障害や食欲不振といった化学療法の副作用のほか、がんによる栄養障害、体重減少に悩まされる患者さんも多いことがわかっていました。薬剤師や看護師では十分に対応できないと常々感じていたので、通院治療センターに管理栄養士を常駐することにしたのです」(今村部長)。
ところで、前述したように通院治療センターでは外来だけでなく入院患者の薬物療法にも対応している。その理由は、今村部長によると、がん薬物療法が高度化・複雑化し、在院日数が短縮化する中、各病棟のスタッフを教育し、がん薬物療法を安全に管理できる看護の質を維持していくのは今後難しくなると予想したからだという。そこで、専門スタッフがいる通院治療センターで入院患者の薬物療法を実施することにした。アナフィラキシーなどの好発時間帯が過ぎ、患者の状態が安定してから病棟に戻し、病棟スタッフが観察とケアを引き継ぐスタイルを導入したのである。
3. 外来化学療法の特徴②
がん専門薬剤師によるサポート外来で
安全で効果的ながん薬物療法を実践
通院治療センター内にがん相談支援センターを併設していることも大きな特徴の一つである。「日進月歩の勢いで進化するがんの薬物療法を安全に効果的に実施し、そして患者さんに安心して治療に専念してもらうためには、この分野に詳しいMSWの存在も大切で、一人ひとりの患者さんを生活の観点からもきめ細かくサポートしていくことが重要です」と今村部長は指摘する。
通院治療センター内には、がん相談支援センターのほかにも、がん専門薬剤師が診療する「サポート外来(薬剤師外来)」と、がんにかかわる専門資格を有する看護師が対応する「がん看護外来」を設置し、この3つの機能が緊密に連携して患者と家族の日常を支えている。
実は、がん専門薬剤師の資格を持つ今村部長は、2008年、全国に先駆けて薬剤師外来を開始した人物である。この外来を始めた当初は薬剤師からさえも「越権行為ではないか」と非難されることが多かったという。しかし、今ではがん薬物療法の実践においてサポート外来は欠かすことのできないリソースとなっている。
サポート外来に取り組んだ動機について今村部長は次のように振り返る。
「がん薬物療法が入院治療として行われていた時代は、病棟でチーム医療が機能しており、薬剤師も抗がん剤の投与量が適正に処方されているのか、支持療法が適切に取り入れられているのかなどをはじめ、副作用トラブルが起こった際もすぐに介入することが可能でした。しかし、外来化学療法にシフトする中で、薬剤師が適切な場面で関わることが難しくなっていったのです」
外来化学療法室に薬剤師が常駐していたものの、担当医によって処方が決定された後では薬剤師の提案は聞き入れられにくく、支持療法の処方変更や処方提案も次回受診以降の対応となり、副作用に苦しむ患者を看過するしかできなかった。そこで、考えついたのが医師の診察前に薬剤師が面談する薬剤師外来だった。「薬剤師の診療行為とみなされないよう倫理委員会を通したうえでサポート外来をスタートさせました」と今村部長は当時の苦労をふり返る。
サポート外来では担当医から依頼された患者にのみ対応しており、現在は通院治療センターを利用する外来患者のうち約半数をサポートしている。医師の診察前に実施する約30分の面談では、患者の採血と尿検査の結果を確認しながら副作用の症状や体調などを聞き取り、全身状態の評価をしたうえで投与の可否や投与量に関する提案をはじめ処方設計や追加検査の提案などを行っている。
さらに2014年以降は、これらの情報を医師の代わりに電子カルテに薬剤師が直接入力しているという。「最終的には電子カルテのオーダー内容を担当医が承認して、患者さんのがん薬物療法が実行されます。このようなスタイルで、長年にわたってCDTM(共同薬物治療管理)を行う中で、多くの医師から"一緒に診てほしい"と頼まれるようになりました」と今村部長は語る。
サポート外来の2014~2021年度まで8年間の実績(8,548件)を分析したところ、薬剤師が処方オーダーあるいは処方判断した内容の採用率は90.3%だった。この結果から今村部長は、薬剤師(がん専門薬剤師)には処方設計をする能力が十分にあると考えている。「9.7%は薬剤師の提案が却下されたことになりますが、その理由として最も多かったのは"処方日数の変更"でした。それも、薬剤師が投与スケジュールを確認して設定した日が担当医の不在日と重なり日程を変更する、といったものが大半でした」(今村部長)。
次いで却下された理由として多かったのは"処方の追加"である。この中には、薬剤師がオーダー漏れしていることを指摘されるものもあったが、異なる視点を持つ医師と薬剤師が1つの処方を検討することで、ダブルチェック機能が働き、ポリファーマシーを防ぐことにも役立ち、診療の質を向上させるよい機会になっていると今村部長は受け止めている。
「薬剤師は残薬のことも念頭に置きながら患者さんから状況を聞き取り、処方設計していきますから医療経済的なメリットも大きいと思います。また、医師の負担軽減にも貢献していると考えています」(今村部長)
4. 外来化学療法の特徴③
専門看護師による「がん看護外来」で
治療に専念できる環境を整える
「がん看護外来」では、がん患者や家族のさまざまな相談に応じている。この外来を受け持つのは、がん看護専門看護師、がん化学療法看護認定看護師、緩和ケア認定看護師、乳がん看護認定看護師の資格を有する看護師たちで、患者や家族の困り事に応じて担当者を振り分けている。「4人の看護師が平日の午後に交代でがん看護外来の電話を受け付けており、がん薬物療法を専門とする私のところにも毎日1~2件の相談が回ってきます。その多くは副作用に関する対処法です」と通院治療センター所属の藤本加奈子がん化学療法看護認定看護師は説明する。
藤本看護師は、通院治療センターで薬物療法を受ける初回投与の患者全員と面談し、独自に作成した問診票を使って「がん薬物療法を計画どおりに完遂する」という視点から、患者の生活環境まで含めてサポート状況が整っているかどうかをアセスメントする。そのうえで治療を行う際に脆弱となる部分を他部署や他職種と連携・協力しながら補っていくのである。「就労の継続を含め、これまでの暮らしをできるだけ続けられるように患者さんを1人の生活者として支えていきたいと考えています」と藤本看護師は支援の目的を語る。
同時に副作用のセルフケアのサポートにも注力している。「自宅に戻ってから薬物療法の副作用が出現するので、その対処法についてしっかり伝えています」と藤本看護師。支持療法の薬剤を使用するタイミングから、担当医や通院治療センターに連絡・相談する際の症状の目安まで問診票の裏面に書き込み、患者と家族にこと細かく指示をする。
さらに副作用の中でも事前に予防できる症状には、サポート外来のがん専門薬剤師とともに対処法を検討し、積極的に取り入れている。
5. 今後の展望
がんゲノム医療にも対応できる体制を
整備するために人材育成に一層注力
肺がんや乳がんだけでなく、がん遺伝子検査を実施したうえで薬剤を選択するがん種がこれから増えてくることが予測される今、倉敷成人病センターにおいてもがんゲノム医療に対応できる診療体制を整備することが喫緊の課題となっている。現在、がんゲノム医療を必要とする患者は岡山大学病院に紹介し、遺伝子検査(コンパニオン診断、がん遺伝子パネル検査など)を実施して診断後に患者を戻してもらい、保険適応薬がある場合は同センターで薬物療法を行っている。
がん遺伝子パネル検査で遺伝子変異が見つかった場合は、該当する臨床試験があるかどうかを調べて患者や家族と話し合い、患者が臨床試験の目的を理解したうえで希望があれば臨床試験を行っている施設に紹介する。
遺伝子検査のサポートを担当する藤本看護師によると、がん遺伝子パネル検査を受ける患者の中には終末期に差しかかっている人も少なくないため、遺伝子検査の説明と同時にアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を開始することも多いという。「緩和ケアチームや緩和ケア認定看護師に情報を提供し、患者さんの意向を確認しながらサポート方法を検討します。患者さんや家族が在宅医療を希望する場合は緩和ケアチームが調整に入ります」(藤本看護師)。
一方、同センターは、日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構の協力施設に認定されているため、乳がんや卵巣がんを診療することが多く、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の対象となる人も少なくない。「卵巣がんの場合は病期と治療選択によって遺伝子検査を避けられないため、私と乳がん看護認定看護師の2人でHBOCに取り組んでいます。しかし、専門知識を持った看護師が圧倒的に不足しているので需要に追いついていない状況です」と藤本看護師は打ち明ける。
HBOCの場合は、看護師が遺伝子検査の目的を含め検査を受けるメリットとデメリット、かかる費用、家族・親族への影響などを丁寧に説明し、話し合いを重ねた結果、検査を希望する患者や家族に遺伝子検査を実施している。
今村部長は、今後、遺伝子外来を新設するうえで、臨床遺伝専門医の資格を持つ医師は確保できているものの、認定遺伝カウンセラーが確保できていないため、「看護部とも連携し、自前で育成することも視野に入れつつ、数年がかりで準備していきたい」と展望を語る。
さらに今村部長と藤本看護師が課題として口をそろえるのは人材育成である。今村部長は、これまでにもがん専門薬剤師の育成に熱心に取り組み、薬剤科に多いときで6名のがん専門薬剤師が在籍していたが現在は3名である。ただ2023年中に新たに2人、資格を取得する予定だ。薬剤科で育てた人材は近隣の医療機関でがん専門薬剤師として活躍しており、同センターを巣立った後も薬剤科が開催するオンラインカンファレンスに参加して、ともに研鑽を続けている。
「若い薬剤師には当センターで学んだことや経験したことを生かし、新天地でもよいがん薬物療法の診療体制を作り上げてくれることを願っています。そして、このネットワークを広げていくことが地域のがん薬物療法の底上げに確実につながると考えています」と今村部長は抱負を語る。
藤本看護師は、遺伝子検査に詳しい看護師を養成中で2人が育ってきているという。「治療選択にかかわってくることなので、一般の看護師も理解しておくべき知識の一つだと思います。一緒に勉強してお互いに得るものも大きかったです」と振り返る。
限られたマンパワーの中で、知恵を出し合い、さまざまな工夫を重ねながら新しい取り組みにチャレンジする通院治療センター。その根底には、生活者の視点を大切にしながら、より安全で効果的ながん薬物療法の実践を目指す、スタッフたちの熱い思いが流れている。
KKC-2023-00979-1
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