兵庫県立がんセンター
[外来化学療法 現場ルポ]
2024年11月18日公開/2024年11月作成
- ●院長:富永 正寛 先生
- ●開設:1962年
- ●所在地:兵庫県明石市北王子町13-70
高い専門性に裏打ちされたチーム医療を基本に
最新のがん薬物療法を提供
兵庫県立がんセンターは関西でも有数のがん専門病院として知られ、名実ともに兵庫県のがん医療の中心的役割を担ってきた。2004年、全国に先駆けて外来化学療法センターを開設し、現在では年間1万5,000件余りのがん薬物療法に対応している。その仕組みづくりや運営は腫瘍内科が中心となって行い、実務は看護師が担当する。また、独自に育成したIVナースが穿刺業務のほぼすべてを受け持っていることも同センターの大きな特徴の一つだ。さらに、薬剤師外来では膨大な患者情報の中から有害事象を丁寧に拾い出し、外来化学療法の安全性と効率化に貢献している。
1. 腫瘍内科の特徴
"最新治療の提供"を使命に掲げ
腫瘍内科医の育成にも尽力
兵庫県立がんセンターは1962年に開設された財団法人兵庫県がんセンターを前身とする。1971年に県に移管され、1984年に神戸市生田区から現在地に移転した。東播磨地域の患者が多くを占めるものの、がん登録件数は県内トップクラスを誇り、関西でも有数のがん専門病院として知られる。
2007年に都道府県がん診療連携拠点病院の指定を受け、名実ともに兵庫県のがん医療の中心的役割を担ってきた。そして2019年、「がんゲノム医療拠点病院」に指定され、遺伝子パネル検査やエキスパートパネルも積極的に行い、チーム医療を基本とした臓器横断的な個別化治療を進めている。
2005年には兵庫県下初となる腫瘍内科を開設し、先進的ながん薬物療法に取り組んでいる。「腫瘍内科が開設された当初は全がん種に対応していました。しかし、現在は乳がん、婦人科がん、頭頸部がん、希少がんを中心にがん薬物療法を行っています。当科では"兵庫県民に最新のがん薬物療法を提供する"というミッションを掲げており、できるだけ新しい薬物療法を取り入れるスタンスで診療を提供しています」と外来化学療法センターの部門長も務める松本光史腫瘍内科部長は説明する。
ミッションの一環として臨床試験や治験も積極的に実施。第Ⅰ相試験の中でも人類に初めて投与する「ファースト・イン・ヒューマン(First in human:FIH)試験」と呼ばれる治験に参加することも少なくない。「これまで地道に臨床試験に取り組んできた姿勢が製薬企業にも評価され、施設が限定される治験への参加にも優先的に声をかけてもらえるのだと思います」(松本部長)。
近年、兵庫県立がんセンターが総力を挙げて取り組むがんゲノム医療では、チームの一員として「がんゲノム医療外来」を担当する。臨床試験や治験の最新情報に詳しいため、発見されたがん遺伝子に効果のある薬剤を検索する過程を主にサポートしているが、院外からの紹介患者は経過が複雑な場合もあり基本的には腫瘍内科が対応している。
そして、開設時に1~2名だった腫瘍内科医は2024年現在8名まで増えた。大学病院以外の医療機関の腫瘍内科で、この人数を確保している施設はそれほど多くない。8名のうち5名は「がん薬物療法専門医」の資格を有する。「人材育成も当科に与えられた重要なミッションの一つです。当科の開設以来、この19年間で12名のがん薬物療法専門医を輩出しました」と松本部長は人材育成の実績について語る。
人材育成の特色は、後期研修医だけでなく、キャリアチェンジで腫瘍内科医を志した中堅医師も受け入れている点だ。「すでに専門性を確立している医師がカンファレンスに参加することで議論に広がりや深みが出てきて、お互いの診療や専門性を見直すよい機会にもなります」(松本部長)。同科を巣立ったOB・OGは他の医療機関の腫瘍内科の開設に携わったり、がん専門病院のスタッフになったりすることが多く、大学医学部腫瘍内科学のポジションを獲得したりした医師も複数名いるという。
2. 看護師の役割
高い穿刺技術と判断力を備えた
IVナースを全国に先駆けて導入
外来化学療法センターは、診療報酬で外来化学療法加算が算定できるようになった2004年に全国に先駆けて開設された。20床からスタートしたが、患者の増加とともに増床を重ね、現在は40床で運営している。「年間1万5,000件余りの化学療法に対応しており、最も多いのは消化器がんです。次いで乳がん、婦人科がんが続きます。当センターは伝統的に婦人科がんに強く、国内トップクラスのハイボリュームセンターとして知られています」(松本部長)。
腫瘍内科医が外来化学療法センター長と副センター長を務め、その運営や診療支援に従事するものの、実務の中心は看護師だ。「配属されている20名の看護師のうち1日に実働するのは12名です。40床を9ブロックに分け、各ブロックに1人ずつ担当制で配置しています。残りの3名のうち2人は抗がん剤以外の薬剤業務を受け持ち、1人は全体を統括するリーダーです」とがん化学療法看護認定看護師の藤木育子看護師長は説明する。スタッフの中には、がん看護専門看護師とがん化学療法認定看護師が1名ずつ含まれている。
看護師の業務で特筆されるのは、全国に先駆けて2007年にIVナース(静脈注射院内認定看護師)制度を導入し、看護師が穿刺業務を一手に担っていることだ。松本部長によると、IVナースが活動する大規模がん専門病院でも穿刺業務全体の半数程度しか担っていないことも多いというが、同センターではIVナースが穿刺業務のほぼ100%を実施しているという。「しかも当センターの血管外漏出の発生頻度はここ数年、一般的によい水準とされる0.05~0.1%を下回る成績を維持しており、高い技術力を誇ります。また、専門知識に裏打ちされた判断のもとに行われる穿刺なので安心してまかせられます」と松本部長は高く評価する。
例えば、HER2陽性乳がんの標準治療の場合、治療終了までに血管への穿刺を30回実施しなければならない。「そのうえ、患者さんがリンパ節腋窩郭清を行う予定があるときは術後に郭清側の血管が使えなくなるため、最初は郭清側の血管を集中的に使おうといった判断が当センターのIVナースはできるのです」(松本部長)。また、長期にわたる薬物治療によって腕の血管が使えなくなり、CVポートに切り替える際も適切なタイミングで提案してくれるので、非常に助かっているという。
院内認定資格とはいえ、これだけの穿刺技術と判断力を備えたIVナースの資格を取得するのは簡単なことではない。「この資格の取得に挑戦できるのは薬物療法の実務経験が病棟・外来で3年以上あり看護師長の推薦がある看護師で、兵庫県立病院看護職キャリア開発ラダーの5段階のうち3を目指すレベルを持っていなければなりません」と藤木看護師長は説明する。
資格の取得にあたっては、「兵庫県立病院抗がん薬IVナースマニュアル」を用いて自己学習を行い最初にがん化学療法看護認定看護師などによる研修を受け、筆記試験で8割以上の成績を収めると、チェックリストに基づいた穿刺技術の確認などが行われる。その確認課程をクリアすると院長から認定証が発行され、IVナースの業務に従事できる仕組みだ。「もともと血管静脈の技術トレーニングは新卒1年目の秋から始めていましたが、化学療法の場合は穿刺技術だけでは不十分で、早期に異常を発見し対処し得るだけの専門知識やアセスメント力を教育することが必要だという看護部の判断のもとIVナース制度が導入されました」(藤木看護師長)。
2012年には入院して化学療法を受ける患者の穿刺業務も看護師が担うことになり、病棟看護師にもこの制度が拡大された。そのため、現在では230名の看護師がIVナースの資格を取得しており、この数は看護師全体の3分の2以上を占める。「1年ごとの更新制で知識と技術のブラッシュアップが継続的に求められますが、それゆえに看護師たちは自信を持って穿刺業務に臨めます」と藤木看護師長。
IVナース制度は、兵庫県立がんセンターからほかの県立病院に広がりつつあるという。「外来化学療法室の看護師が穿刺業務を開始した県立病院がほとんどなので、看護部全体というよりもまずは実践機会が多くまたタスクシフトしやすい外来からIVナースを着実に育成していくことが大切です」と藤木看護師長はアドバイスする。
3. 薬剤師の役割
薬剤師外来と緊密に連携し、
がん薬物療法の安全性を高める
外来化学療法センターにおける薬剤師の業務で特筆されるのは、薬剤師外来の活動だ。この外来に従事する薬剤師は5名で、平日の午前中に1名ずつ配置されている。「このうち、がん専門薬剤師/がん指導薬剤師が1名、がん薬物療法認定薬剤師が1名、外来がん治療専門薬剤師が2名と、専門資格を持っている薬剤師が4名います。残り1名も資格取得を目指して勉強中です」と外来がん治療専門薬剤師の大原沙織薬剤師は説明する。
化学療法の初回投与の患者には全員、外来服薬指導の介入を行い、また一部のレジメンや抗がん剤を継続している患者には担当医の診察前に薬剤師外来で情報収集を行い、電子カルテを通して担当医と情報を共有する。「事前に情報収集をしてもらえるのはとてもありがたい。医師だけで有害事象を評価すると過小評価になる傾向があることは国内外のデータで明らかになっており、安全性を高めるうえで薬剤師外来は非常に重要です」と松本部長は評価する。
薬剤師が患者から聞き取った有害事象は、副作用の重症度分類(CTCAE)に基づいてアセスメントされ、支持療法の処方提案を患者カルテに記載して担当医に渡す。例えば、「この患者さんは吐き気を訴えているけれど、便秘もあるから下剤でこの状態を解消しないと吐き気が収まらないのではないでしょうか」といった情報や処方提案などが薬剤師から提供される。
「外来化学療法を受けている患者さんはストレスや不安も大きいので、診察をしたときに生活上の困り事も合わせて一気に話されることも多いです。その大量の情報を整理し、その中から必要な診療情報を拾い出してアセスメントするのは時間もかかるし、何よりも専門知識がないとできないことです」(松本部長)。
大原薬剤師によると、初回投与への対応は1日10件程度になるという。2回目以降は、強い吐き気が起こりやすいレジメンや免疫関連の副作用が出やすいレジメンに限定しているため平均1日5件程度になる。「薬剤師外来は午前中だけなので対応できる人数は限られるものの、対象患者を拡大していきたいと考えています」と大原薬剤師は語る。
さらに近年、腫瘍内科医や薬剤師が中心となって注力しているのが免疫療法研修部会の活動だ。免疫チェックポイント阻害薬は、従来の抗がん剤の副作用の出現過程とは異なるため、診断・治療・ケアにおいて十分留意しながら対応している。一方で、免疫チェックポイント阻害薬はがん薬物療法の中心になりつつある。「こうした状況になることを予見して、免疫チェックポイント阻害薬が臨床で使われるようになった直後から部会を立ち上げ、副作用対策を講じてきました」と松本部長。
当センターは、がん専門病院のため神経内科医、腎臓内科医が在籍しておらず、腫瘍循環器科医も人数が少ないため、有害事象の診断に困らないようにマニュアルの作成をはじめ、消化器科、呼吸器科、皮膚科などにコンサルテーションする際の基準を定めた。「重症化する前に相談できる仕組みを作ることは、患者さんのためにも医療者のためにも必要なことです」(松本部長)。基準を定めたことにより看護師からのアラートも上がりやすくなったという。
また月1回、腫瘍内科医、がん化学療法看護認定看護師、外来がん治療専門薬剤師の多職種で「irAE(免疫関連有害事象)チーム」を組み、病棟ラウンドを2022年6月より開始した。「現在は情報収集が中心ですが、いずれこの活動に診療報酬で加算される可能性もあるため、irAEチームによる標準的なサポート体制を作り上げていきたい」と松本部長は意欲的だ。
4. 今後の展望
病床が増える新センターの診療に向け
質量ともに人材のパワーアップを図る
兵庫県立がんセンターは現在、2027年度中の開院を目指して新病院の建設プロジェクトが進行中だ。外来化学療法センターの病床数は80床に増床される予定で、拡張工事を行えば最大100床まで対応可能だという。「令和6年度診療報酬改定の外来化学療法加算の係数が削減された影響で入院による化学療法が当センターを含め、全国的に増加するでしょう。しかし、この現象は一時的なもので、外来での治療を希望する患者さんは現在も多いですし、中長期的にみると外来化学療法が主流になることは変わらないと予測し、新センターの病床数を設定しています」と松本部長は説明する。
医師だけでなく看護師や薬剤師など医療スタッフの意見を取り入れた新センターの設計は、従来と同様に安全性を最優先し、細部にまでこだわっている。例えば、現在のサテライト薬局方式を変更して、薬剤部と外来化学療法センターを隣接するように配置し、薬剤部の無菌調剤室の一つが外来化学療法センターの薬剤準備室と直接向かい合うようにする。「インターフォン越しに伝達するとお互いの顔が見えない分、コミュニケーション・エラーが起こりやすく、インシデントも発生しやすくなります。そのため、構造上も顔の見える関係性を確保できるよう粘り強く交渉しました」(松本部長)。
松本部長は、今後の展望について「腫瘍内科としては、再発がんを含めて難治性乳がんの患者さんを他施設から紹介されることが増えてきたので、乳がん診療を強化していくこと、そして新しい選択肢を用意するために臨床試験や治験にもさらに積極的に取り組んでいきたいと考えています。外来化学療法センターとしては2027年度には病床数が2倍になるので、看護師、薬剤師の人材育成に注力し、新病院のオープンに向けて質量ともにパワーアップを図ります」と決意を語る。
外来化学療法の未来を予測し、全国に先駆けて新しいチャレンジを繰り返してきた兵庫県立がんセンター。今後もチーム医療を軸に、他医療機関をリードしていく役割を担い続けていくことだろう。
KKC2024-00675-1
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