地方独立行政法人 埼玉県立病院機構
埼玉県立がんセンター
[外来化学療法 現場ルポ]
2024年2月26日公開/2024年2月作成
- ●病院長:影山 幸雄 先生
- ●開設:1975年
- ●所在地:埼玉県北足立郡伊奈町大字小室780
多職種連携で機能を補い合い
患者の気持ちに寄り添ったがん薬物療法を実践
埼玉県立がんセンターは、埼玉県のがん診療をリードする存在として地域の医療機関や医療施設と連携しながら高度ながん診療を展開している。通院治療センターでは年間2万7,000件近くの外来化学療法に対応するために、医師、看護師、薬剤師らによる多職種連携を強化。互いの機能を補い合いながら、増え続ける患者の気持ちに寄り添いつつ、安全で効果的ながん薬物療法を実践している。
1. 地域における役割
患者の高齢化による併存疾患の増加に
「総合内科」を新設し、適切に対処
埼玉県立がんセンターは、1975年に埼玉県百年記念事業の一環として研究所を併設するがん専門病院として開設された。開設当初100床だった病床数は、その後、数度にわたる増床を経て、2013年、現在地に新築移転したことを機に503床に規模を拡大。2021年には地方独立行政法人埼玉県立病院機構の一員となり、新たな枠組みの中でスタートを切っている。
2008年に都道府県がん診療連携拠点病院、2019年にがんゲノム医療拠点病院に指定されており、同センターは埼玉県のがん診療をリードする存在として、地域の医療機関や医療施設(保険薬局、訪問看護ステーション等)と連携しながら埼玉県全体のがん診療の向上に努めている。
患者は埼玉県北部・東部を中心に県全域から受診してくるほか、茨城県西部や栃木県南部からも訪れる。その多くは高齢者で、近年は後期高齢者の患者数が増加している。治療を受けられる体力と気力を備えていることが受診の前提となるため、高齢者といっても基本的に自立度は高い。一方で、糖尿病をはじめとした生活習慣病、循環器疾患などの内科系疾患を併存していたり、年相応に心機能や腎機能が低下している人も多い。
「このような合併症にもできるだけ対応してきましたが、がん専門病院なので、一定レベル以上の合併症には対応しきれない面もありました」と通院治療センターの責任者である小林泰文副院長は打ち明ける。そこで、同センターでは2020年に循環器専門医、感染症専門医らが揃う総合内科を新設。内科系疾患を併存する患者ができるだけ速やかに適切ながん治療を受けられるよう総合内科の医師が患者の全身状態をコントロールし、がん診療をサポートする体制を整備した。
「総合内科では、がん治療を安全に効果的に実施する観点からも各診療科の担当医や院内の各チームと緊密に連携して診療にあたっています。また、総合内科医はICT(感染対策チーム)やAST(抗菌薬適正使用チーム)と協力して薬剤耐性菌を増やさない・広げないことに注力しています」と小林副院長は説明する。
2. 通院治療センターの特徴①
薬剤師と看護師のダブルチェックで
投与前確認を徹底し、安全性を高める
外来化学療法をサポートする「通院治療センター」では、年間に2万6,000件以上のがん薬物療法を実施している。通院治療の需要が高まり、ここ数年、右肩上がりに件数が増え続け、2002年の1万1,393人から2015年には2万人を超え、2020年には2万6,104人となり2023年は2万7,000件を突破する勢いだ。「新薬の開発に加え、治療の進歩により一人ひとりの患者さんの治療期間が長くなったことが考えられます」と通院治療センターの副責任者である朝山雅子消化器内科副部長は話す。
通院治療センターの病床数は60床ある。外来患者が増え続ける中、週3日は120名前後、少ない日でも100名近くの治療に対応する。外来化学療法を受ける患者の年齢層も高齢者が多く、70歳代と80歳代で約半数を占める。がん種別で最も多いのは消化器がんで、次いで乳がん、肺がん、血液がんが続く。
通院治療センターの業務は、医師、看護師、薬剤師が緊密に連携を図りながら、安全で効果的な薬物療法の実施を目指している。投与前日に担当医からオーダーされた処方箋の内容は薬剤師がダブルチェックし、当日の診察で処方内容に変更が出た場合も薬剤師がもう一度チェックする。さらに、診察時の情報や血液データの結果は電子カルテを通して通院治療センターに共有され、それらをもとに看護師が患者の体調をもう一度確認する。
「投与前に薬剤師や看護師のダブルチェックがあることで、薬剤の抜け漏れ、投与量の間違いなど基本的なことだけでなく、血液検査の数値と照らし合わせた確認もできているので、安全性の担保に役立っていると思います」と朝山副部長は評価する。
このような投与前の徹底確認は安全性を高めるだけでなく、薬剤の廃棄量を減らすことにも貢献している。病院機能評価を受審する際、他院と比べて抗がん剤の廃棄量がかなり少ないことを評価されたという。
3. 通院治療センターの特徴②
「有害事象」と「緩和ケア」の指標を用いて
支援すべき患者を抽出し継続看護を実践
通院治療センターでは、受け持ち看護制を採用しており1人の看護師が最大6〜8名までの患者を担当する。「フロアを4区画に分け、それぞれ看護師を3~4名配置しています。そのうち1名は穿刺業務に専念し、1名は区画内をラウンドしながら患者さんのナースコールに対応したり、治療の準備やケアを行う看護師の応援に入ったりします」と、高橋純子通院治療センター看護師長は限られた人数で効率的かつ安全に業務を遂行するための工夫を説明する。
看護師は投与管理だけでなく、一人ひとりの患者の有害事象をしっかり拾い上げ、担当医にフィードバックする重要な役割も担う。この役割を果たすうえでも受け持ち看護制は有効に機能している。
また、初めて化学療法を受ける患者だけでなく、レジメンが変更になる患者にも「有害事象スクリーニング」を行い、継続的にサポートすべき患者を拾い上げている。スクリーニングの評価にはCTCAE(Common Terminology Criteria for Adverse Events:有害事象共通用語基準)を活用する。
2015年にこの取り組みを始めた山﨑恵がん化学療法看護認定看護師は「最初は看護師の教育も兼ねて有害事象スクリーニングを開始しました」と振り返る。看護師が患者を適切に拾い上げ、必要な副作用対策を提供する。重症度が高い場合はがん化学療法看護認定看護師に報告し、ともに対策を検討して実施するといった運用が定着してきたので、2021年からは患者の取りこぼしがないように院内統一基準の「緩和ケアスクリーニング」を取り入れて2本立ての評価を行っている。
「2本立ての評価にしたのは患者さんの主観・ニーズと客観的な症状の評価は必ずしも一致しないからです。CTCAEのグレードが低くても、その患者さんはサポートしてほしいというニーズを持っているかもしれない。こうした主観を緩和ケアスクリーニングで評価し、継続的に関わるべき患者さんを取りこぼさないようにしているのです」と山﨑看護師は説明する。
こうした継続看護の実践は、自分たちが理想とするがん看護の提供および看護のモチベーションを維持することにも大いに役立っている。「スタッフからは"看護師同士で患者さんの対応について話し合うことや同じ問題を共有できていることに喜びを感じる"、"患者さんから直接フィードバックをもらえることが嬉しい"といった声が多く聞かれます。つまり、投与管理の業務だけでは満足できない看護師が多いということです。このようなチームだからこそ、患者さんの気持ちに寄り添った継続看護が着実に行えているのだと思います」と山﨑看護師は手応えを語る。
高橋師長も「がん看護の特性もあると思いますが、患者さんへの寄り添い方がとても細やかなことに感心しています。看護師たちは自分でよく考えるし、患者さんの状況を踏まえたうえで適切に対応しています」と高く評価する。
4. 薬剤部との連携
「薬剤師外来」と「薬薬連携」で
外来患者へのより手厚いサポートを実施
薬剤部では、外来患者へのサポートとして週3日、「薬剤師外来」を実施している。この外来は、がん専門薬剤師や外来がん治療専門・認定薬剤師の資格をそれぞれ有する3名の薬剤師が受け持ち、1枠30分で6~8名/日の患者に対応する。対象患者は、担当医が薬剤師の個別サポートが必要だと判断したケースだ。具体的には、①薬剤師の継続した副作用サポートが望まれる、②入院せずに外来で化学療法を開始する、③内服抗がん剤のみで治療している、といった場合などが挙げられる。
「短い診察時間の中で十分な対応が難しいという理由で、担当医からの依頼が多いのは皮膚症状のサポートです。薬剤師は、患者さんが通常行っている副作用ケアや対処法を聞き取ったうえで、皮膚の状態や症状を観察し、そのグレードに応じた外用薬や保湿剤などを処方提案しています」と薬剤師外来を取り仕切る中山季昭薬剤部副部長は説明する。
このような薬剤師の処方提案は、担当医の診察前に電子カルテを通じて行われる。その内容を担当医が承認すれば、患者に薬剤が処方される仕組みだ。「処方提案だけでなく、自分たちの手に負えないと判断したときは『皮膚科の受診を考えてください』と担当医に進言することもあります」(中山副部長)。
また、患者との面談では情報提供を中心に皮膚症状への対処法をアドバイスする。外来化学療法を受けている患者が安心して快適に過ごせるよう薬剤以外のサポートについても積極的に取り組んでいる。
入院せずに外来で化学療法を開始する患者には、導入前に必ず薬剤師外来で薬剤指導を行っている。「化学療法が入院から外来にシフトする中、当院においても外来導入数を増やしていくことを考えています。こうした視点からも薬剤師外来はますます欠かせない存在になってくるでしょう」と朝山副部長は話す。
さらに、内服抗がん剤のみで治療している患者をサポートするために、薬剤部では地域の保険薬局との連携強化にも力を入れている。患者が広域にわたっていることもあり、同センターの連携充実加算の算定件数そのものは多くないというが、保険薬局のために算定要件を満たす体制を整備する。
「処方箋には、連携充実加算の算定要件を満たすうえで必要な診療情報が自動的に記載されるようになっています(図)。患者さんの中には自分の個人情報を薬局に提供したくないという人もいますので、その場合は切り取って処方箋の部分だけを薬局に提出してもらいます」(中山副部長)。
レジメンは名称と当日の抗がん薬投与量のみ記載されるので、詳細な内容は同センターのホームページに公開し、保険薬局の薬剤師が自由に確認できるようにしている。
「当センターで使い始めた新しいレジメン情報や地域の保険薬局に知ってほしい薬剤・診療情報は、年1回開催する薬薬連携シンポジウムや月1回程度行っている薬薬連携勉強会の場を活用して積極的に提供しています」と中山副部長は説明する。このような取り組みを積み重ねることで、患者を通して処方提案する薬局薬剤師も現れており、外来で化学療法を受ける患者の安全性を高めることに役立っている。
5. 展望と課題
人員を確保しつつ業務の効率化へ
人材育成で病棟看護師をレベルアップ
通院治療センターを含め、同センターの今後の課題は人員の確保と業務のさらなる効率化だ。「患者さんのQOL向上の観点からいっても外来で化学療法を導入する方向にシフトすることは間違いなく、通院治療センターでサポートする患者さんはますます多くなるでしょう」と小林副院長は予測する。
すでに通院治療センターでは、混み合う曜日や時間帯によっては患者が治療を受けるまでに2時間待ちの状況となっており、待ち時間の解消は喫緊の課題となっている。しかし、増床は図りにくく、患者自身・送迎者の都合から、来院の曜日や時間帯にばらつきがでるのは避けられない。「待ち時間を短くするために、採血・診察にかかる時間を効率化することを検討する余地があるでしょう」と朝山副部長は指摘する。
このような状況の中、通院治療センターでは師長が中心となって看護師の業務を見直した。「アナログの事務作業が多かったのですが、部門システムと電子カルテを連動させることによって作業効率が高まりました。その結果、看護師がベッドサイドに行ける時間を少し増やすことができました」と高橋師長は業務改善の効果を語る。
また、通院治療センターでは9時から治療を開始できるよう看護師たちが準備し待機しているが、9時半にならないと患者はやってこない。そのため、前日に行っていた翌日分の薬剤確認作業を、患者が来る前の空き時間を使って当日の朝に行うようにしたことで看護師の負担軽減につながった。「業務の効率化を進め、やりがいのある働きやすい職場を作っていくことが師長である私の役割です」と高橋師長は話す。
一方、山﨑看護師は病棟看護師の化学療法に関するレベルアップを図りたいと語る。「化学療法の初回導入は入院で行われるため、病棟でも段階的にステップアップできるような教育体制を整備することが必要です。2023年度は1病棟をモデルケースにパイロット的に取り組むことにしています」。
また、他部署で一定期間トレーニングを受けられる看護部の院内留学制度を活用し、通院治療センターで病棟の看護師たちを受け入れ始めた。「煩雑な業務が多い病棟で安全で確実な薬物療法を実施してもらうために、静脈トラブルの予防法や過敏症への対応など安全管理を中心にトレーニングしています」と山﨑看護師は語る。
薬剤部では保険薬局とのさらなる連携強化を目指す。「外来患者さんとの関わりは薬剤師外来に限定されているため、保険薬局との連携強化を進めていかなければならないと考えています。主な副作用の発現状況や薬局薬剤師に向けたコメントを記載するなど、まずは情報提供書の内容を充実させることによって薬局薬剤師のサポートを促し、患者さんのアドヒアランスの向上に役立てたい」と中山副部長は話す。
通院治療センターをはじめ化学療法に従事するスタッフたちは、チーム医療と多職種連携によって互いの機能を補い合い、安全で効果的な薬物療法の実施に努めている。そして、この連携体制をさらに強化することが増え続ける外来患者に対応していく鍵となることだろう。
KKC-2024-00084-1
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