社会医療法人愛仁会 井上病院
[透析施設最前線]
2026年2月24日公開/2026年2月作成
(写真提供:井上病院)
- ●院長:辻󠄀本 吉広 先生
- ●開設:1975年8月
- ●所在地:大阪府吹田市江の木町16-17
腎臓・透析医療と地域医療を二本柱に
チーム医療と地域連携で健康寿命延伸を目指す
腎臓・透析医療の専門施設として開院して以来、先進的な取り組みにチャレンジし続けている井上病院は、2025年に設立50周年を迎えた。透析医療においては一般的な外来血液透析(HD)のほか、長時間透析、オーバーナイト透析、在宅血液透析(HHD)、腹膜透析(PD)、(関連の)老人保健施設入所での透析など幅広い選択肢を掲げ、各科専門医による合併症治療も専門的に提供している。阪神・淡路大震災やコロナ禍では広範囲から患者を受け入れ災害医療にも貢献。また、「いつまでも元気にプロジェクト」など独自のプログラムにより、透析導入以降も元気に暮らせるよう多職種チームでサポート。近年は地域医療にも力を入れている。
目次
-
病院の概要と特徴
50年の歴史を誇る腎臓・透析医療の専門病院
積み重ねた合併症治療の経験を地域医療に生かす -
透析医療の特徴
6階建ての「透析棟」に200床の透析ベッドを配置
災害対応など社会的使命も重視 -
選択可能な腎代替療法
オーバーナイト透析や電解水透析で透析効果を追求
専門資格を持つ職員を中心に患者を丁寧にサポート -
CKD・DKD対策
腎臓内科外来を毎日実施し
介入時期を見極め専門チームでアプローチ -
いつまでも元気にプロジェクト
栄養、運動、睡眠・疲労の3項目で個別に評価
患者に気づきを与え行動変容を促す -
透析合併症治療
各科の専門医が迅速に対応し
透析合併症を早期発見・早期治療 -
臨床研究センター
患者満足度向上をキーワードに
PROを重視した研究に取り組む -
今後の課題・展望
健康寿命延伸から幸福の追求へ
キーワードは患者満足、従業員満足、ACP、DX
1. 病院の歴史と特徴
50年の歴史を誇る腎臓・透析医療の専門病院
積み重ねた合併症治療の経験を地域医療に生かす

辻󠄀本 吉広 院長
社会医療法人愛仁会井上病院は1975年8月、腎臓・透析分野の専門病院として開院。当初からHDはじめPDにも積極的に取り組んできた。大阪大学泌尿器科腎移植グループとの連携による「腎移植外来」、HHD、オーバーナイト透析、電解水透析などにも順次着手し、患者の選択肢を広げている。通院が困難な患者は、関連施設である介護老人保健施設に入所し、併設の透析施設でHDを受けることもできる。
シャント作成から、さまざまな領域の専門医による合併症治療など透析関連の医療を充実させつつ、腎臓専門医によるCKD管理、腎臓リハビリテーションなどにも力を注ぐ。また、16診療科と127(急性期94、地域包括33)床の病床を擁する病院として地域医療にも貢献している。
「開院以来、透析医療を大きな軸としてはいるのですが、近年は多くの専門医が赴任してくれ、多彩な診療科を標榜できるようになりました。また、一人ひとりの職員も、組織全体としても大きく成長し、高い専門性を持った多職種がチームを組んで患者さんを支えていく体制ができています。いろいろな疾患を併せ持つ高齢の透析患者さんを多数、診てきた経験を、これまで以上に地域医療に生かしていきたいと考えているところです」と、辻󠄀本吉広院長が、同院の特徴と方向性を語る。
2024年に総合内科を新設したのも、地域医療に力を入れるための体制づくりの一環だ。同科新設にあたり招聘された濱田治部長は赴任の際に、診療看護師 (NP)の採用を強く希望。現在、2名のNPとチームを組んで仕事をしている。「NPは、従来から医師が担当してきたキュアの視点と、病に悩む人が生活に戻るためにはどうしたらよいかといったケアの視点を両方持っている頼もしい存在です。病状の安定した入院患者さんや、退院後訪問指導の必要な、たとえば在宅酸素療法、自己導尿などを行っている在宅患者さんなどを主に任せています」と説明する。
濱田部長は、「専門医の治療が縦糸だとしたら、総合内科の診療は横糸。すでにしっかり張られている井上病院の縦糸に私たちが横糸を通すことで診療の幅が広がり、病院としての付加価値を高めることにつながります」と話す。実際に総合内科ができたことで、周辺の急性期病院から、複数の疾患を併発している高齢患者などを安心して紹介してもらえるようになったという。また、濱田部長の豊富な教育経験を生かし、近隣の総合病院から地域研修の枠組みで初期研修医の受け入れも開始。総合内科の存在感はにわかに高まっている。
濱田 治 総合内科部長
2. 透析医療の特徴
6階建ての「透析棟」に200床の透析ベッドを配置
災害対応など社会的使命も重視
井上病院は、診療棟、透析棟、管理棟の3棟で構成されている。外来透析を行う透析棟は6階建てで、2〜6階までの各フロアを透析室として利用。全200床の透析ベッドを完備し、2025年5月現在、555名の透析患者が通院している。このスケール感は同院の大きな特徴だ。
もう1つの特徴は、冒頭でも触れたようにバラエティー豊かな透析メニューを提供していること。「患者さんがご自分のライフスタイルを維持できるように、様々な選択肢を提示するのは専門病院の使命だと思っています。そしてそれを可能にしているのが、それぞれの療法について知識と技術を蓄積した専門職たちです。より良い透析を提供しようと頑張ってくれる職員たちには頭が下がる思いです」と辻󠄀本院長が言う。
「入院患者さんの透析は基本的に病棟から透析棟へ移動してもらって行いますが、移動が難しい場合は個人用透析装置をその患者さんの病室まで運び、その場で透析を行います。発熱など感染症の症状のある方には透析棟3階に4室設けた個室透析室を使っていただいています」と、患者の状態に合わせて対応する様子を紹介するのは、看護部の堂薗直美部長だ。
専門病院として社会的使命を果たすことも重要なミッションと位置付けている。堂薗部長によれば、2020年に新型コロナウイルス感染症が流行した際にはいち早く診療棟7階をコロナ専用とし、他院の患者も含めて貴重な受け皿となった。井上病院は、阪神・淡路大震災のときにも透析患者を広く受け入れたことで知られる。この時の経験がコロナ禍で生きたかたちだ。
災害対策も含めて地域全体の透析医療を強化すべく、北大阪地域(主に豊中市、吹田市)の透析施設の連携の会「つなぐ透析 北大阪の会」を主宰している。同会を担当する2名の看護師、看護部透析棟4・5階看護科の山田亜希子科長と看護部透析棟6階看護科の藤田美香科長が、次のように紹介する。
「地域連携推進のため周辺の透析クリニックへの訪問活動をする中で、透析患者がそれぞれの住み慣れた地域で少しでも長く透析治療を継続することができるために、施設間との理解を深めていく中で、看護の悩みなどの意見を出し合い、それらを共有することで施設間での協力体制を構築することができるように、2023年7月にこの会を立ち上げました。定例会は平日の午後に2時間半程度、年2回。少人数ごとのテーブルで相手を変えながら話し合いを進めるワールドカフェ方式で、お茶やお菓子を楽しみながら雑談風に意見交換できる時間も設けています。直近の2025年3月の会には8施設21名の参加がありました。定例会の内容は文書にまとめ、関係者皆で共有しています」
地域の困りごととして目立つのは、急性期病院を退院した高齢の透析患者の在宅復帰支援や災害時の透析継続など。山田科長、藤田科長は同会の運営を担う一方で、専門病院としての知見や、関連学会などで得た有用な情報を地域の透析看護師たちに提供する役目も果たしている。
堂薗 直美 看護部部長
(写真向かって左から)山田亜希子 看護部透析棟4・5階看護科科長と藤田美香 看護部透析棟6階看護科科長
診療棟と並んで建つ6階建ての透析棟
(写真提供:井上病院)
透析棟待合室
透析棟の2〜6階の5フロアを透析室として活用。3階に個室を設けた以外は各階ともほぼ同様のつくりだ
(写真提供:井上病院)
オーバーナイト透析時に利用する特注の可動式パーテーション
発熱症状のある患者などが利用する個室透析室
3. 選択可能な腎代替療法
オーバーナイト透析や電解水透析で透析効果を追求
専門資格を持つ職員を中心に患者を丁寧にサポート
外来血液透析(HD)を担当する看護部透析棟2・3階看護科の渡邉陽子科長は、「当院の外来透析は、午前、午後、夜間、オーバーナイトの4種類があり、患者さんのライフスタイルに合わせて選択していただけます。オーバーナイト透析は月・水・金のみで20:00~翌朝6:00の間に8時間の長時間透析を行っていますが、オーバーナイト以外の時間も長時間透析を推奨しています。ご都合に合わせて時間帯の変更も可能ですし、病状が悪化した時には入院していただくこともできるのは当院の強みです」と紹介する。
オーバーナイト透析の患者は2025年5月現在46名で、数名がトライアル期間(約3カ月)中だ。トライアル期間は、安全にオーバーナイト透析を実施できるかどうかを確認するために必要な検査を受ける。そのうえで安全に実施できると医師が判断した場合にオーバーナイトに移行する。
水の電気分解により水素分子を多く含む水から作成したRO水を利用する電解水透析もいち早く導入済みだ。2、3階用、4、5階用、6階用と3台あるRO装置のうち6階用に電解水透析システムを配備し、100名余りの患者を対象に実施。電解水透析は一般の透析に比べて抗酸化作用のため、心脳血管合併症の発症リスクの抑制効果や生存率が有意に高いことが報告されている。井上病院でも、疲労感の軽減など効果が実証され、論文発表もしている。
こうした多様な透析療法の選択支援を担当しているのは、腎臓病療養指導士の資格を持つ看護部外来看護科の高見こころ科長である。「CKDステージG5の患者さんを中心に『腎看護外来』で、HD、PD(CAPD、APD、HDとのハイブリット療法)、腎移植それぞれについて説明します。患者さんの興味に応じて外来透析室をご案内したり、PD関連の物品をお見せしたりするなど、より具体的な説明を心がけています」と高見科長。井上病院では、患者の負担が少なく生命予後も比較的良いとされるPDファーストを推奨しており、その理由なども腎看護外来で丁寧に説明する。腎移植を希望する患者には腎移植が対応可能な病院への紹介なども対応している。
「PDにおいては近年、多職種連携を特に強化しています」と話すのは、技術部臨床工学科(教育担当)の角井弘嗣科長だ。腹膜透析認定指導臨床工学技士の資格を持つ角井科長は、「腹膜透析では、APD機器や遠隔モニタリングが進歩したことによって機器の専門性が高まり、臨床工学技士がPD業務で活躍する場面がさらに増えています。そうした機器を使った療法については、患者さんへの説明やアドバイスなど臨床工学技士がもっと積極的に関われたらと思っています」と言う。遠隔モニタリングシステムなど、より安心安全な環境で在宅での透析を行えるように支える仕組みも整っており、看護師と臨床工学技士の協働はますます推進されている。患者数は、HHDが2025年5月現在6名、PDが同47名で、在宅生活を支える療法として今後さらに増やしていく方針である。
(写真左から)渡邉陽子 看護部透析棟2・3階看護科科長、高見こころ 看護部外来看護科科長、角井弘嗣 技術部臨床工学科科長
電解水透析システムを導入した機械室
療法選択説明の際に用いるリーフレット。療法別にコンパクトにまとめられている
4. CKD・DKD対策
腎臓内科外来を毎日実施し
介入時期を見極め専門チームでアプローチ
腎臓専門医・指導医で、大阪市立大学、大阪市立総合医療センターなどを経て2019年に着任した一居充副院長は、透析予防における重要な課題の1つとして、日本人の5人に1人(※)ともいわれるCKDの管理を挙げる。
「腎機能は年齢とともに低下するものですが、生活習慣病によって悪化しているケースも相当数あることがわかっています。ですから透析予防のためには生活習慣病の適切な治療が先決です。また、慢性糸球体腎炎や多発性嚢胞腎といった腎臓疾患を腎生検などにより正確に診断し、速やかに治療することも重要です。早期に発見すれば薬物治療が可能ですので、検尿などで異常所見が見られた場合には当院の『腎炎・のう胞腎外来』をぜひ早めに受診してほしいと思います」と話す。
一居副院長が赴任して以降、腎臓内科の診療体制はそれまで以上に強化され、院内はもとより院外の患者にも積極的に介入し成果を上げている。紹介患者は増加傾向で、腎臓医療を学びたいという若手医師もまた増えている。同院腎臓内科には、辻󠄀本院長、一居副院長を含めて腎臓専門医7名、専攻医4名が在籍。月曜から土曜まで毎日外来診療を実施している。
腎臓専門医の中でCKD対策・治療に中心的に取り組んでいるのは藤原木綿子主任部長だ。藤原主任部長によれば、井上病院では2018年から多職種連携が本格化し、CKD患者に対するチームアプローチもすっかり定着している。
代表的な取り組みとしては、透析導入前の患者に対する療法選択支援と透析までの継続的な指導がある。「ステージG5の外来患者さんを全員リストアップしておき、一人ひとりについての療法選択説明の時期や方法をCKDチームで協議し、各種制度利用も含めて透析導入の準備を進めていきます。また、2025年から慢性腎臓病透析予防指導管理料が算定できるようになったこともあり、受診当日には必ず管理栄養士による栄養指導を行うようになりました」と藤原主任部長。一方で、ステージG3b、G4の患者には、外来で理学療法士による腎臓リハビリテーションを提供している。
CKDチームのメンバーは、活動日に勤務している腎臓内科医全員、PD担当看護師、腎代替療法専門指導士などの資格を持つ外来看護師3名中1名、管理栄養士、薬剤師、理学療法士、記録係としての事務職1名である。チームで介入するステージG5のCKD患者は年間約100名で推移。腎臓リハビリテーションを受けているG3b、4の患者は同じく25〜30名である。どちらも多くは院内の患者だが、他の医療機関からの紹介患者も月間2〜10名いる。通院間隔が半年〜3カ月程度の段階までは紹介元の医師を主体に併診し、透析導入が近づき頻繁な通院が必要になったら井上病院腎臓内科で全面的に患者を引き受ける。
ステージG5の患者への指導や管理には、井上病院で作成した「CKD手帳」を活用している。適切な介入により、新規透析導入患者の15%前後はPDを選択。また、年間1名以上は腎移植につながっている。
DKD(糖尿病関連腎臓病)についてもCKDと同様、多職種からなる糖尿病透析予防チームで介入している。「糖尿病透析予防チームは、当院で糖尿病透析予防外来を開始した2012年に発足しました。介入の対象となる患者さんは糖尿病性腎症第2期、すなわち微量アルブミン尿が見られ、プログラムに則った介入を希望された場合です。第2期くらいの段階では、食事療法や運動療法による血糖管理を行うことによって腎機能が改善することも多く、早期に介入する意義は大きいと感じています」と、DKD対策を担当する糖尿病内科の木津あかね部長が紹介する。
木津部長は近年の傾向として、高齢の糖尿病患者の増加に伴い糖尿病性腎症重症化予防プログラムの介入要件に合わない人が増えていることを挙げ、「蛋白尿が出ていなくても高血圧や動脈硬化がメインとなって腎機能が低下している例が目立つようになりました。これからは当院のような専門病院と地域の開業医の先生方とが協力して、患者さんへの啓発も含めて柔軟にCKD・DKD対策を進めていくことがますます必要だと思います」と話す。
※出典:日本腎臓学会編「CKD診療ガイド2024」,2024,P1.
一居 充 副院長兼内科主任部長
藤原 木綿子 腎臓内科 主任部長
木津 あかね 糖尿病内科 部長
井上病院オリジナルのCKD手帳。患者自身が検査値を毎月しっかり意識できるよう単純化したつくりがポイント。巻末には検査や治療に関する説明も
5. いつまでも元気にプロジェクト
栄養、運動、睡眠・疲労の3項目で個別に評価
患者に気づきを与え行動変容を促す
「いつまでも元気にプロジェクト」は、透析患者の健康寿命延伸を目指す多職種連携の取り組みである。「栄養、運動、睡眠・疲労の3項目から患者さんの評価を行い、結果をもとに改善に取り組み、より元気になっていただくことを目指すもので、2017年にスタートしました。プロジェクトに参加した患者さんとお話ししたり、様子を観察したりしていると、多くの方がご自分の状態をよく理解し積極的に改善に取り組まれているのを実感します」と、透析内科の下村菜生子部長が同プロジェクトの主旨や患者の変化を語る。
「栄養」についての取り組みは、栄養管理科の高野佳那主任(管理栄養士)が次のように紹介する。
「プロジェクト開始当初から患者さんの誕生月に、BDHQ(簡易型自記式食事歴法質問票)を配付して、エネルギー、たんぱく質、食塩、カリウム、リンの摂取状況を把握し、それを元に個別に栄養相談を行っています。加えて2021年からは、日本透析医学会が開発したNRI-JH(nutritional risk index for Japanese hemodialysis patients)も活用し、必要に応じてより深い介入をするようになりました。毎日の食事のことなので、年齢、生活状況、身体機能など全体を考えて、できる限り患者さんの視点に立って、無理なくできることからアドバイスするようにしています」
「運動」についても年1回の評価をもとにそれぞれに合ったセルフエクササイズや、透析前の20分間の集団体操、透析中の運動療法などを提案している。
「評価は、サルコペニアとフレイルの診断に用いられる6種類の身体機能測定、認知機能、ADL、転倒の有無、フレイルを確認する問診によって行います。透析中の運動療法は2022年にスタートし、対象患者は42名まで増加。1回25分の運動をベッド上で、当院のリハビリスタッフによるオリジナル動画を見ながら行います。この運動を6カ月継続した患者さんのデータから、下肢筋力や握力のアップの効果が確認できました」と紹介するのは技術部の神谷亮平副部長(理学療法士)。「患者さんからも、立ち上がるときに介助が要らなくなった、透析時間が短く感じられるようになった、といった声が聞かれます」と手応えたっぷりの様子だ。
「睡眠・疲労」面の対策を担当する技術部臨床工学科の瓦谷友勝科長(臨床工学技士)は、「食事を厳しく制限する時代から、たくさん食べて、その分、十分に毒素を取り除くために透析効率を上げる時代になったことで、臨床工学技士の関わりがより重要になりました。さらに、元気に過ごしていただくためには疲労の軽減が不可欠との観点から、疲労度やストレスのチェック、アンケート調査、不眠症や睡眠時無呼吸(SAS)の検査などを行い、結果を医師と共有し、場合によっては透析条件を変更したり、CPAP療法(持続陽圧呼吸療法)導入により睡眠の質を改善したりといった対応をしています」と紹介。CPAP療法を受けている透析患者は36名で、オーバーナイト透析中にぐっすり眠れるようになったケースもある。
入院中の透析患者を対象とした摂食機能訓練にも力を入れており、言語聴覚士を中心に多職種チームで取り組んでいる。嚥下内視鏡検査、嚥下造影検査による嚥下機能の評価、管理栄養士による嚥下食の工夫、言語聴覚士による摂食・嚥下訓練を行った結果、点滴や経管栄養の状態から経口摂取できるまでに回復した入院患者の割合は2013年以降、約50%と高い値をキープしている。この経験を応用し、通院段階から摂食・嚥下機能を落とさないことを目指し、外来透析患者のオーラルフレイルチェックにも着手している。
下村部長は同プロジェクトの今後の展開について、透析中の運動療法の拡大、透析中の栄養点滴の導入などを挙げる。また、「多くの患者さんが透析中の疲労感を、医療者の想像以上に大きな問題として感じていることが報告されていますので、疲労感の軽減は大きな課題です。今後も客観的なデータや専門職の関わりによって、患者さんの行動変容につながるように努力していきます」と話す。
下村 菜生子 透析内科部長
(写真向かって左から)瓦谷友勝 技術部臨床工学科科長、高野佳那 栄養管理科主任(管理栄養士)、神谷亮平 技術部副部長
プロジェクトのポスター。「いつまでも元気に」という言葉が患者を励ます
(写真提供:井上病院)
透析中の運動の様子
(写真提供:井上病院)
透析中の運動療法には井上病院の理学療法士が見本を示すオリジナルビデオを活用
透析前の集団体操はリハビリテーション室で行う
6. 透析合併症治療
各科の専門医が迅速に対応し
透析合併症を早期発見・早期治療
シャントトラブルはじめ、下肢動脈病変、骨関節症など透析に伴う合併症の早期発見・早期治療、患者の負担軽減などにおいては、各科の専門医が力を発揮している。
【血管外科】
「血管外科が主に扱うのはCLTI(Chronic Limb-Threatening Ischemia;包括的高度慢性下肢虚血)で、下肢虚血や糖尿病の足病変への感染が原因で潰瘍から壊死に至る重篤な状態です。これに対し血管外科では血行再建術としてまずはEVT(Endovascular therapy;血管内治療)を行い、さらに状況に応じてバイパス手術を実施します。EVTは一般に循環器内科などが担当する病院も多いのですが、当院ではこうした内科的治療から外科手術まで一貫して血管外科が担当します。また、双方を合わせたハイブリット手術もすべて自前でできるのが強みです」と話すのは、同科の谷村信宏主任部長。さらに、壊死した組織を除去するデブリードマン、閉鎖環境を保ちながら創面を管理する局所陰圧閉鎖療法(NPWT)など形成外科的な治療も血管外科が担う。
「当科では年間EVTを130〜150件、外科的な血行再建術を20〜30件、ハイブリット手術を多い年で10件程度行っています。まれに切断に至るケースもありますが、できる限り踵を残すことで歩行能力を残すことを心がけています」と谷村主任部長。血管外科では「下肢救済・フットケア」をスローガンに5名のフットケア指導士による専門的なフットケアも提供している。
谷村主任部長は、2026年1月24日に開催される「第7回日本フットケア・足病医学会関西地方会」の学会長を務めた。こうした機会も生かしながら、下肢を救う医療について伝えていきたいという。
谷村 信宏 血管外科主任部長
谷村主任部長が大会長を務めた「日本フットケア・足病医学会関西地方会学術集会」のポスター
【放射線科】
放射線科では、北大阪地域のさまざまな病院から入院、外来に紹介されてくる透析患者の透析合併症の画像診断とシャントPTA治療(VAIVT)を担当している。
放射線専門医の森本章副院長によると、「シャントPTA治療は、脱血不良・静脈圧上昇・穿刺困難・止血困難・シャント肢腫脹などのシャントトラブルの責任狭窄を拡張します。また、血栓閉塞したシャントでは血栓を吸引や溶解で除去し、閉塞した原因の狭窄を拡張する治療を行います。その際、狭窄した血管を拡げるときに強い痛みを伴うため、麻酔が重要となります」と言う。
以前は、エコーで狭窄の背面に走行する神経周囲に局所麻酔を注入して治療していたが、エコー装置の進歩でシャント血管周囲の知覚神経を正確に同定できるようになり、2024年から皮神経ブロックを導入している。この神経ブロックを行うことで患者の治療の痛みを大幅に軽減できるようになった。
「腕神経叢ブロックや筋皮神経ブロックも痛みの軽減には有効ですが、運動神経もブロックするため、数時間の運動機能の制限を伴います。皮神経ブロックは、知覚神経だけを限局して麻酔するので、運動機能の制限が全くないのが特徴です。患者さんの治療時の痛みが軽減されたことは大きな福音であり、治療する側からも痛みを気にして治療する必要がなくなる有意義な麻酔です」(森本副院長)。
森本副院長は続けて、「最近はシャントPTA治療に参加する若手の腎臓内科医も増えています。透析管理をされている腎臓内科の先生がシャントに興味を持ってもらえることは、患者さんにとっても良いことだと思います。放射線科の画像診断は患者さんの治療を少しでも良い方向に向ける手助けとなり、シャントPTAは少しでも良い透析治療を行える手助けとなります」と力を込める。
森本 章 副院長/放射線科
【整形外科】
整形外科で扱う透析合併症は主に、外傷、骨粗鬆症、透析アミロイド症の3つです。中でも力を入れているのは骨粗鬆症治療であり、「内科医がCKD-MBDの診療ガイドラインに則ってリン、カルシウム、インタクトPTHなどのコントロールを行ったうえで、整形外科ではDXA(骨密度検査)でしっかりと評価を行い薬物療法を実施します。これにより骨量の増加効果、骨折抑制効果が得られ、当院の透析患者さんの骨折は明らかに減っています。こうした成果は学会で発表し、2024年には日本骨代謝学会の論文賞をいただきました」と、日本整形外科学会専門医である佐藤宗彦副院長が取り組みと成果を解説する。
「当科は臨床、研究ともに、透析患者さんの骨粗鬆症治療のトップランナーであると自負しています」と佐藤副院長は胸をはる。透析アミロイド症についても透析脊椎症、透析関節症、手根管症候群に有用な薬物療法を積極的に行っており、同じく世界有数の治療実績を誇る。
転倒した透析患者は速やかに整形外科で検査を行う、年に1回は全透析患者のDXAを行うなど、透析患者の骨を守る仕組みもできている。整形外科医の積極的な介入は、介護予防、健康寿命延伸に欠かせないものとなっている。
佐藤 宗彦 副院長/整形外科
【外 科】
シャント手術を一身に担う外科の藤原一郎主任部長は、「シャント手術を何度も受けている透析患者さんは、その痛みが辛い経験となっています。当院では、シャント治療の経緯や画像検査所見をもとに、十分な麻酔下に手術を行っています」と話す。手術前には、痛みを感じさせないことを説明し不安を取り除く。患者から見れば「気づいたら終わっていた」という状況。
藤原主任部長は、「シャント手術の標準化はまだ十分なされておらず、医療機関ごとに工夫して行われているのが現状です」と指摘。「そんな中、当院では長い歴史の中で経験症例を蓄積してきており、患者さんの苦痛なく、長く使えるシャントをつくることを目指しています。そして、これらの経験をシャント治療の標準化に生かすことができたらと考えています」と語る。
年間のシャント手術件数は200件程度。うち50件程度が導入患者である。藤原主任部長はこのほか、PDのカテーテル留置術なども担当している。
藤原 一郎 外科主任部長
7. 臨床研究センター 患者満足度向上をキーワードに PROを重視した研究に取り組む
2025年4月には、新たな取り組みとして「井上病院臨床研究センター」を開設した。同センターをゼロからつくり上げる重責を担うのは、庄司哲雄センター長。大阪公立大学大学院医学研究科血管病態制御学研究教授などを務め、腎臓病に関する臨床研究実績も豊富な研究者である。
庄司センター長は同センター発足にあたり、「臨床研究とは何か」をあらためて考えたうえで、3つのビジョン、(1)魅力的な臨床研究を行い井上病院から国内外に発信する、(2)診療に還元でき、患者満足度を高めるための臨床研究を展開する、(3)持続可能な臨床研究のための基盤づくりを進める、を掲げた。その背景や目的を次のように語る。
「従来の臨床研究は、基本的に集団単位でなされてきましたが、当センターでは個人レベルでわかることも重要視し、それを診療内容の向上、診療手順の改善などに生かしていきたいと思っています。キーワードは患者満足度(治療満足度)の向上。医療の世界にはさまざまな客観的指標がありますが、それで患者さんが実際に感じていることがわかるかどうかは疑わしいと、これまでの経験から私は感じています。そこで、客観的データとともにPRO(Patient−Reported Outcome;患者報告アウトカム)を重視します。寿命が延びた今の時代だからこそ、それぞれの患者さんが求めていることを知り、それに応えていくことが重要です」
研究の計画段階から医師や医師以外の医療職に加えて、患者にも関わってもらうことも想定しており、「患者満足と職員満足を同時に高めるような研究ができたらうれしい」と数年先の未来を展望する。
庄司 哲雄 臨床研究センターセンター長
8. 今後の課題・展望
健康寿命延伸から幸福の追求へ
キーワードは患者満足、従業員満足、ACP、DX
今後の課題は患者の幸福度を高めること。井上病院ではすでに長年に渡り健康寿命延伸に取り組んできたが、今後はこれまで以上に精神面に注力し、患者が幸せを実感して人生に満足できるための働きかけを考えていく。そこには病状が悪化してきた時、余命が見えてきた時の透析をどうするかなどについて、早い段階から患者・家族と話し合いを重ねていくACP的な取り組みも含まれる。
患者の幸福を実現するためには、医療サービスを提供する側の従業員の幸福感が不可欠と考え、心理的安全性の確保、DX(Digital Transformation)などへの取り組みも進めている。
「患者さんの幸福のために私たちに何ができるのか、臨床研究センターと現場をリンクさせながら知恵を出し合っていきます。より良い病院づくりのために常に新しいことを考えていきたいと思います」と辻󠄀本院長。腎臓病医療の中核病院としての挑戦はまだまだ続く。
KKC-2025-00849-2
透析施設最前線
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2026年2月24日公開/2026年2月作成
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2026年2月16日公開/2026年2月作成
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2026年1月8日公開/2026年1月作成
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2025年11月4日公開/2025年11月作成
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2025年10月20日公開/2025年10月作成
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2025年9月25日公開/2025年9月作成
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2025年4月14日公開/2025年4月作成
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2025年4月2日公開/2025年4月作成
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2025年3月10日公開/2025年3月作成
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2024年10月15日公開/2024年10月作成
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2024年9月17日公開/2024年9月作成






















