高知県厚生農業協同組合連合会 JA高知病院
[透析施設最前線]
2024年1月30日公開/2024年1月作成
- ●院長:都築 英雄 先生
- ●開設:1931年3月
- ●所在地:高知県南国市明見字中野526-1
県の透析医療・災害医療に精通した副院長を中心に
高知県中央東ブロックの地域医療を牽引
90年以上の歴史を誇る高知県厚生農業協同組合連合会JA高知病院は、救急も含めて地域の医療を幅広く担う総合病院。透析施設の比較的少ない高知県の中央東ブロックと呼ばれる地域にあって、長年にわたり透析医療にも取り組んでいる。2018年に赴任した谷村正信副院長は、県内の多様な医療機関で要職を担ってきた泌尿器科専門医で透析医療のエキスパート。10年前より高知県透析医会会長を務め、県の災害時医療対策マニュアルづくりなどでも中心的役割を果たしている。南海トラフ地震がますます現実味を帯びてきているいま、透析にかかわる人材の育成、県全体への災害対策の浸透などに一層の力を注いでいる。
1. 病院の概要
農協のための病院から地域の中核病院へと変貌
コロナ禍でも県立病院とともに重責を果たす
JA高知病院は、「農村を救済するための農民の手による病院」として1931年3月、当時の野田村(現南国市)に開設された。経営母体が高知県厚生農業協同組合連合会となったのが1948年8月。その後は増設、移転などを重ねながら成長し、2002年に現在の住所(南国市明見字中野)へ新築移転。同時にJA高知病院に名称変更して現在に至る。
同院は地上5階建てで、病床数は178床。17の診療科を擁し、JA組合員や地域住民の医療ニーズに幅広く応えている。また、「JA高知健診センター」「訪問看護ステーションJAおむすび」「介護老人保健施設JAいなほ」「居宅介護支援事業所JAみのり」といった事業所を併設し、在宅医療・介護分野においても住民をサポートしている。
「元々は農協のための病院でしたが、しだいに地域の人々の生活まで支える病院に変化しました。現在までに高知県災害拠点病院、高知DMAT指定病院などいくつかの指定や認定を受けており、大学病院をはじめとした超急性期病院の機能を補完する役割も担っています。また、2020年からの新型コロナウイルス感染症の流行に際しては、発生当初から感染症協力病院となり、高知医療センターに次ぐ数の患者さんを受け入れるなど、中核病院としての役割を果たすことができました」と地域医療に尽力する様子を谷村正信副院長が紹介する。
谷村副院長は高知県出身で、2018年に同院に赴任するまでに高知県立幡多けんみん病院、高知県立あき総合病院、社会医療法人近森会近森病院、医療法人尚腎会高知高須病院など県内のさまざまな医療機関で経験を積み、日本泌尿器科学会専門医・指導医としても活躍してきた。また、2013年より高知県透析医会会長を務め、「高知県災害医療対策会議委員」にも名を連ねている。「災害医療の実務経験を有し、県内の救急医療に精通した医師、または地域の医療事情に精通した医師」として県知事より委嘱され、災害時の医療救護活動全般への要請対応、県の災害時医療の企画・調整に携わる「災害医療コーディネーター」でもある。
2. 透析室の概要
景色の良いゆったりした空間で
看護師、臨床工学技士がチームで活動
JA高知病院の透析室は2階にあり、自然光の降り注ぐ空間に14床の透析ベッドがゆったりと並ぶ。窓の外にはのどかな田園風景が広がり、晴れた日には遠く山々を望むことができる。気持ちよくリラックスできるこの環境は、同院の透析室の大きな魅力だ。
透析室の人員配置は、医師が谷村副院長はじめ、麻酔科医で日本透析医学会透析専門医の資格を持つ飯富貴之医長と非常勤医数名。看護師が専従2名、他部門からの応援3名。臨床工学技士は院内全体で4名で、透析室には穿刺時など忙しい時間帯には2名、通常の時間帯には1名が滞在している。
看護師と臨床工学技士は毎朝一緒にミーティングを行うなどチームとして業務にあたり、穿刺や患者の観察は共同で行っているが、患者のケアや生活指導は主に看護師が、透析装置の設定・管理、後述する送迎車の運行管理などは臨床工学技士が担っている。臨床工学技士はエコー下穿刺にも取り組んでいる。
透析スケジュールは月・水・金が午前・午後の2クール、火・木・土が午前のみ1クールである。透析時間は4時間が基本で、4時間半の患者が何人かいる。オンラインHDFは14床すべてで可能だが、長期透析患者の負担軽減を考える場合など、必要に応じて検査データや患者の経過に基づいて効果的に実施している。
透析室の回診は、月曜は谷村副院長と飯富医長、水・金は飯富医長と非常勤医の2名体制。火・木・土は主に谷村副院長が担当しているが、土曜だけは高知大学医学部附属病院の泌尿器科から、谷村副院長のもとでのトレーニングを兼ねて2名の医師を派遣してもらっている。透析患者数は20数人で推移。新規導入患者数は平均年間5人程度となっている。
「高知県の医療は、保健所の管轄区域により安芸、中央東、高知市、中央西・高幡、幡多の5ブロックに分けられていて、南国市にある当院はこのうち中央東ブロックに属しています。このブロックには透析医療に力を入れる施設が比較的少なく、当院の果たす役割は非常に大きいといえます」と谷村副院長。さらに、「高知県の透析患者さんの高齢化が全国に先駆けて進んでいることもあり、たとえば都会の駅近の透析施設と高知県の透析施設とでは、その様相は大きく異なります。当院の透析患者さんのほとんどはいわゆるフレイルの状態で、ちょっとしたことで骨折して入院されるということも少なくありません。私たちはそうしたハイリスクの透析患者さんばかりを診ている状況です」と、高知県、特にJA高知病院における透析医療の現状を語る。
同院には現在、腎臓内科医が不在で、保存期腎不全の患者は基本的に谷村副院長が診察している。ここでは腎不全に関する説明や、血液透析、腹膜透析、腎移植に関する療法選択支援としての説明なども谷村副院長自ら行っている。中には保存期の管理から透析導入、維持透析まで継続して同院で担うことができるケースもあるが、透析導入自体に抵抗感を示す患者も多く、保存期から維持透析までソフトランディングできるケースはごく少数。多くは腎不全の急性増悪により近隣の急性期病院で透析導入となり、同院に紹介されてくる。「高知県CKD病診連携協議会」により患者の紹介基準は示されているが、なかなかその通りにはいかない状態だ。教育入院も、対象となる時期を過ぎた患者がほとんどであることから実施できない状況にあるという。
なお、谷村副院長はこれまで勤務した複数の病院で、腹膜透析や腎移植を手がけた経験もあるが、JA高知病院では外来血液透析に絞って実施。腹膜透析や腎移植を希望する患者には、これらに力を入れる病院を紹介している。
同院で透析を開始した患者は、高齢ですでに合併症を発症しているケースも多く、仮に自宅近くに透析専門施設があっても、多様な診療科を擁するJA高知病院での透析継続を希望する場合がほとんどという。現在、同院に通う透析患者の居住地は、南国市をはじめ同市の東側にある香美市、香南市、芸西村などまで及ぶ。通院手段を持たない患者も多いため、同院ではこれらの地域に送迎車(車椅子対応可)を走らせ、患者の送り迎えを行っている。
3. 合併症対策
総合病院の利点を生かし複数診療科、多職種で対応
フットケアは全患者を対象に実施
JA高知病院では総合病院の利点を生かし、透析患者の合併症対策に積極的に取り組んでいる。定期的な血液検査、心電図検査、胸部X線検査をはじめ、必要に応じて、心・腹部・頸動脈・シャントエコー、ホルター心電図検査、脈波測定(ABI)、胸部・腹部CT、 頭部MRA、下肢MRAなどを適宜実施。院内で治療できるものについては各診療科で対応している。
特に呼吸器内科、循環器内科などは常勤医師が複数在籍しているためすぐに受診でき、ほとんどの場合、院内で治療を完結できる。また、整形外科、外科、耳鼻科などでは透析患者の手術、リハビリテーションにも対応しているため、他施設からの紹介例も多い。特に整形外科では、転倒による大腿骨頚部骨折、橈骨骨折の症例など多くの透析患者を受け入れている。リハビリテーション入院は、単なる運動リハビリのための入院ではなく、手術後の体力回復、ADLの維持向上のための入院として機能している。
足病変の早期発見・予防のためのフットケアは、5名の看護師が分担して、全透析患者に対し、定期的に(平均月2回ほど)実施している。「虚血の症状は足に一番出やすいですし、感染症や炎症の症状も見つけやすいので、下肢切断に至る患者さんをできる限り出さないためにも、フットケアはしっかり行ってもらっています」と谷村副院長。血流に問題のある人など一部の患者には、ベッドサイドでの炭酸泉浴も提供している。
すでに閉塞性動脈硬化症を発症している患者には、定期的に連携病院で専門的な検査を受けてもらい、治療のタイミングを逃さないようにしている。足病変に限らず、このように専門的な治療を要するケースを近隣の連携病院に紹介する際には、個々の患者の紹介元やこれまでの通院先を優先するなど、患者にとってのかかりやすさも配慮している。特に緊急を要するケースは高知医療センター、近森病院といった高機能病院に搬送するのが原則だ。
栄養指導は看護師が行っている。長年通院している患者には自己管理が身についている人も少なからずいるので、指導が一方的にならないように、コミュニケーションをとりながら、会話のようなかたちで必要なことを伝えるよう心がけているという。
4. 災害対策
県・市の中枢を動かすべく医療現場から情報提供
大規模災害時には医師が県庁に詰めて陣頭指揮
先に紹介した通り、谷村副院長は高知県の災害時医療対策に深く関わっている。透析患者や在宅酸素療法を受けている患者など生命維持に医療機器が不可欠な患者への対応などを定めた「高知県南海トラフ地震時重点継続要医療者支援マニュアル」や、「高知県災害時医療救護計画」といった災害時対応の基本となるマニュアルや計画の作成、改訂に携わるなど高知県全体の災害医療を牽引している。
「日頃から各医療機関の正確な状況把握に努め、災害時には私か、一緒に高知県透析医会で災害医療を担当している入口弘英副会長のどちらかが県庁に詰めて、行政と連携して指揮をとり、マニュアルに従って迅速に対応を進めていく計画です」と谷村副院長。高知県透析医会会長に就任してからの10年で、こうした仕組みを仲間とともに地道につくり上げてきたと語る。
谷村副院長は、災害医療のポイントは「いかに中枢を動かすか」だと指摘。「どんなに精巧なマニュアルをつくっても、非常時に関係機関がそれに従って動けなければ意味がありません。マニュアルを有効に活用するためには、中枢である県や市の担当部局に具体的な情報を届けて、対策の意味を十分理解していただく必要があります。医療現場を熟知している私たちが高知県災害医療対策会議委員や災害医療コーディネーターとして行政に食い込む意義はここにあります」と力説する。
南海トラフ地震に特化した災害対策マニュアルでは、谷村副院長らが陣頭指揮をとって県内での透析医療を維持する期間は1週間程度と想定している。それ以上、被害が続く場合は、行政や医療者も含めて被災地外への避難を優先する。その場合の避難者の数は約2,000人を想定。県外に避難する透析患者には数枚の複写式の移動パスのようなものを渡し、移動のたびに複写紙を切って、足跡が残るよう計画している。これにより患者の居所を関係者が把握すると同時に、患者に安心材料を与えることにもなる。避難先としては、愛媛県松山市や福岡県が有力である。
一方、JA高知病院の災害対策としては、県内のほかの透析施設と同様に自家発電機や災害時用の水を完備。透析室内には、大地震に備えるための「4つの対策」を常に確認できるように掲示している。また、たとえば台風の上陸予報が出ている場合などは当日の透析を1日前倒しして、全体に透析時間を短縮してクール数を増やすなど柔軟に対応している。
同院の透析室スタッフがこうした対応をスムーズに行えるようになったことは、谷村副院長の指導方針も関係している。「私は基本的には現場に任せる方針です。当院の透析室には元々優秀な人材が揃っていたこともあり、着任以来、なんでも自分たちで考えて自由に取り組んでもらい、本当に必要なときだけしか口を出さないようにしてきました。自主的に活動する過程でさらに成長してくれたのだと思います。大きな災害が起こっても、当院のいまのスタッフなら必ずしっかり対応してくれることでしょう」と、谷村副院長は自院の透析室スタッフに全幅の信頼を寄せている。
5. 今後の課題・展望
災害時医療対策マニュアル、避難計画を完備したいま、
最大の課題は医療現場への対策の浸透
谷村副院長は災害対策に関する今後の課題として、病院スタッフの移動手段の確保を挙げる。病院自体の機能が維持され、マニュアル類が完備されていても、スタッフが出勤できなければ患者対応は困難だからだ。
JA高知病院のスタッフには同院のある南国市の市民もいるが、多くは同市の西側にある高知市から通勤している。そのため2市をつなぐ橋が不通になるなどしたら、たちまち人員不足に陥ってしまう。こうした事態を防ぐために、高知県内の医療スタッフをヘリコプターで輸送する計画もあるという。
県内の透析施設全般に関しては、「最新設備を擁する施設への建替えも進み、設備的には安心できるところがほとんどです」と紹介。ただし、「医療機関で働くスタッフ全員が災害時の対応についてしっかり理解できているとは言えません」と話し、災害時マニュアルの現場への浸透も大きな課題として挙げる。
谷村副院長同様、災害医療コーディネーターの資格を持つ人材をブロックごとに配置していることもあり、医療機関同士の連携体制は整ってきているそうで、「とにかく各施設がそれぞれの対応力を上げ、できる限り自らの力で医療を継続することが重要」と強調する。
カウントダウン状態にあるとされる南海トラフ地震による被害状況を具体的に想定しながら、県内の地理や透析事情を熟知した谷村副院長を中心に進む高知県の災害医療対策は、他県にとっても大いに参考になりそうだ。
透析医療の課題としては、人材育成を第一に挙げる。高知大学医学部附属病院から東京都内の先進施設に研修生として若手医師を派遣し、シャント管理の専門家を育てるなど人材育成の仕組みも整えた。こうした人材を複数の医療機関で活用することで地域全体の医療ニーズへの対応強化を図っているのである。"高知県の透析医療の生き字引"を自認する谷村副院長を中心に、高知県の透析医療の再構築が進みつつある。
KKC-2023-01000-1
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