横浜市立大学附属病院
[希少疾病診療~未来への扉~]
2024年9月9日公開/2024年9月作成
- ●病院長:遠藤 格 先生
- ●開設:1991年
- ●所在地:神奈川県横浜市金沢区福浦3-9
医局ネットワークを活用した他に類を見ない教育システムで
若手医師や地域の中堅医師の診断力を向上
開講75年を迎える横浜市立大学整形外科学教室は、神奈川県内で最も伝統のある教室の一つだ。同門の整形外科医は約550名に上り、関連協力施設は35病院に広がる。近年、同教室の医局員が一丸となって注力しているのが専攻医を中心とした若手医師および診療所や市中病院で活躍する中堅医師の教育だ。なかでも「診断力の向上」を重視し、common diseaseだけでなく、診断が難しい希少疾患についても日常診療を通してコモンディジーズの中から拾い上げるトレーニングを重ねている。
1. 整形外科教室の特徴
多領域にわたるスペシャリストが
関連施設と連携し地域を支える
1991年に開院した現在の横浜市立大学附属病院は、神奈川県内に4つある大学病院(本院)のうち唯一の公立大学病院であり、横浜市で唯一の特定機能病院でもある。その診療圏は広く、横浜南部医療圏、横須賀・三浦医療圏、湘南東部医療圏および湘南西部医療圏の一部をカバーし、診療対象となる人口は約250万人だ。いわゆる"最後の砦"として先進的な医療に積極的に取り組み、かつ研究機関として新しい診断・治療法の開発にも挑んでいる。
第5代目となる稲葉裕教授が率いる整形外科学教室は1949年に開講し、2024年で75年を迎える。神奈川県内で最も伝統のある教室の一つで、地域で活躍する同門の整形外科医は約550名に上り、関連協力施設は35病院に広がる。
医局員も総勢250名と圧倒的な人数を誇り、整形外科学教室の多くが特定領域に専門特化する傾向がある中、同教室は多領域にわたって専門医・指導医を揃え、地域医療を支える。どの領域にもスペシャリストがいる安心感は診療所や市中病院からの紹介率の高さにも表れており、2023年の手術件数は1,200件を超えた。
また、「専門施設とのネットワークが緊密であることも当教室の大きな魅力です」と稲葉教授は胸を張る。例えば、小児に関しては神奈川県立こども医療センター、腫瘍は神奈川県立がんセンター、外傷は横浜市立大学附属市民総合医療センター高度救命救急センター、手の外科は平塚共済病院手外科センターとの連携が取れており、若手医師が多彩な専門領域を学べる教育環境がある。稲葉教授によると、このような教育システムを構築している整形外科学教室は全国的にもほとんど例がないという。
そのため同教室の専門研修プログラムを志望する専攻医は後を絶たず、2024年も定員最大枠となる27名の専攻医を受け入れた。「実は2023年の4月で定員が一杯になり、それ以降の志望者は残念ですがお断りしました。2025年度も2024年3月の時点で専攻医の定員が埋まり、すでに募集を締め切っています」と稲葉教授は説明する。
専攻医に人気が高いもう一つの理由は、医局の風通しのよさだ。もともと同大学の医学部定員数が少なかったこともあり、他大学出身者を積極的に受け入れてきた結果、学閥を超えて自由に意見が言い合える風土が醸成されていったという。それでも稲葉先生が教授に就任する以前の専攻医数は毎年10名前後だった。
専攻医数を飛躍的に伸ばした背景には学生教育に力を入れたことがある。「専攻医の志望が少ないのは、我々の教育に魅力がないからかもしれないと考えるようになりました」(稲葉教授)。そこで、この課題を克服するために稲葉教授は、当時の医局長だった崔賢民准教授をはじめ医局員たちと一丸となって学生教育に取り組むようになった。
具体的には医学部4年生を対象とした研究実習(リサーチクラークシップ)を活用し、学会発表を条件に海外の学会(「Orthopeadic research society」など)に参加するプログラムを実施。「この経験がよい思い出と刺激になり、初期研修後に整形外科を志望してくれる卒業生が増えてきました」(稲葉教授)。
2. ハマセイプロジェクト
若手医師や中堅医師の診療に役立つ
動画コンテンツを定期的に配信
ここ数年、若手教育に注力してきた同教室が、2023年4月から新しく取り組んでいるのが「ハマセイプロジェクト」だ。同教室では毎朝カンファレンスを行っており、そこでレクチャーされる各専門領域の基本的な診察法・診断法・治療法、Up to Dateな情報、研究の仕方、論文の書き方などは有用な内容が多く、稲葉教授は専攻医のトレーニングのために無料コンテンツを配信したいと考えるようになった。
「医師の生き方が多様化する中、初期研修後に専攻医の道を選択しない若手医師も少なくない時代です。しかし、患者さんを適切に診断して治すことが医師の本望であり、日々研鑽を積んで確かなスキルを身に付けることが必要です。そのために役立つ情報を提供するのは医局の使命の一つだと思ったのです」(稲葉教授)。
こうして、整形外科医を対象としたサイト「ハマセイプロジェクト」がスタート。視聴者が利用しやすいように30分程度に短くまとめた動画コンテンツを毎月2本ずつWEB配信してきた。このコンテンツは、ベーシック、アドバンス、リサーチの3分野に分かれており、ベーシックは診断法に特化、アドバンスは治療法が中心で、リサーチは学会発表の仕方や論文の書き方、統計処理など研究分野の内容を体系的に取り扱う。
「医師にとって診断力は非常に重要です。自分が治療できなくても診断さえ確実にできればスペシャリストに紹介すればよいわけですから。整形外科の領域が専門分化する一方で、地域医療では多領域をカバーしなければならない中堅やベテランの先生方にも役立つようベーシックのコンテンツを充実させています。私も自分の専門外のコンテンツを見ると勉強になります。外来患者さんの原因がよくわからないというときに活用することをおすすめします」(稲葉教授)。
これらのコンテンツは後述する希少疾患の診療にも有用だ。コモンディジーズへの診断力が向上するため、コモンディジーズ以外の希少疾患に対しても「あれ、何か変だぞ」と気づけるようになるという。
配信開始から約1年が経過し、動画コンテンツが充実してきたことからその内容を書籍化するプロジェクトが進行している。電子媒体とも融合させ、症状から診断にワンクリックで飛べるチャートのような便利な仕掛けも検討している。「整形外科全体を体系化した教科書が出版されなくなった今、多領域にわたるスペシャリストが在籍する当教室だからこそ実現できたという媒体を作り上げたい」と稲葉教授は意気込む。
3. 希少疾患への取り組み①
原因不明の痛みには血液検査を必ず行い
希少疾患を見つけ出す
ハマセイプロジェクトの取り組みをはじめ、診断力の向上を重視する同教室ではコモンディジーズの中から希少疾患を拾い上げることにも注力している。「大学病院での診療は、一般病院と同じような感覚ではいけないと考えています。例えば患者さんが痛いと訴えているのに"最後の砦"である大学病院が"何でもない"と診断してしまうと患者さんは痛みを抱えたまま行き場を失ってしまいます」と崔准教授は指摘する。また、腫瘍グループに所属する川端佑介医師は「希少疾患に分類される骨軟部腫瘍は見落とされると命にかかわるため、この疾患の拾い上げに関しては細心の仕組みを作り上げてきました」と話す。
崔准教授によると、コモンディジーズの中から希少疾患を拾い上げる際には「患者の訴えに耳を傾けること」が重要な手がかりになる。というのも、診断がつかない患者の中には痛みに苦しんでいることが多いからだ。「年齢に関係なく1週間以上の痛みが続いていたり、痛みで歩けなくなっていたりする場合には精査を行います。子どもの場合は痛みだけでなく、骨折を繰り返しているケースではX線検査だけでなく採血なども行います。見逃してはいけません」(崔准教授)。
このような繰り返す痛みや骨折があるときはレントゲンやCT、MRIなどの画像検査に加え「血液検査」を行うことが重要だ。カルシウム、リン、アルカリホスフォターゼ、ビタミンDなどの数値を確認することで、くる病・骨軟化症(ADHR/ARHR1/ARHR2/XLH/TIO)や低ホスファターゼ症(HPP)などの希少疾患を発見できる可能性があるからだ。
整形外科医は診断の際、画像検査の結果から判断する傾向が強い。しかし、崔准教授は、希少疾患を見逃がさないためには血液検査の結果がとても重要だと指摘する。「これは実地医家の先生方にもぜひ知っておいていただきたいことなので、私が痛みの講演を行う際には強調してお伝えするようにしています」。
そして「大学病院では必要な検査を適切に行ってから診断を下すべきです。そのためには我々が希少疾患についてよく知っておく必要があり、その最新情報を常にアップデートすることが求められます。また、日常診療を通して希少疾患に対する診断力を高めていくことも欠かせません」と崔准教授は話す。
診療と同じくらい力を入れているのが、専攻医を中心とした若手医師への教育だ。希少疾患の患者が見つかったら、その診断過程を一緒に振り返り、必要な検査や診断のポイントを話し合う。ときに症例報告としてまとめるように専攻医に指示することもある。そうすることで、医局や地域全体の診療レベルが上がることが期待できる。「診断力を高めるには、この積み重ねが非常に大切です。"希少疾患を発見できてよかった"で終わらせてはいけません。1例ずつ丁寧に振り返ることによって、診断の幅も広がっていくのです」(崔准教授)。
崔准教授たちは、このような教育を日常診療の中で地道に行い、専攻医たちを送り出すことによって一般病院でも希少疾患を拾い上げられるよう地域医療の質向上に貢献している。
4. 希少疾患への取り組み②
しこりがある症例をすべて受け入れ、
骨軟部腫瘍の鑑別診断を行う
骨軟部腫瘍を拾い上げる仕組みを作ってきた腫瘍グループでは、診療所や市中病院に対して疑わしい症例はすべて大学病院に紹介するよう熱心に働きかけてきた。「"しこりがあったら送ってください"と繰り返し訴えてきたことがようやく浸透してきて、腫瘍グループの新規外来患者数が非常に増えています」と川端医師は啓発活動の成果を語る。地域から紹介された患者の中には、肉離れなど問題のないケースも多いが、それでも受け入れを厭わない。「大学病院には骨軟部腫瘍の専門家に加え病理診断の専門家もいますから、診断を確定させるのは腫瘍グループの大事な仕事であると考えています」(川端医師)。
診断の結果、悪性腫瘍の場合は大学病院で腫瘍グループがプロトコールに従って治療を開始する。一方、脂肪腫といった良性腫瘍の場合は紹介元に患者を返して紹介医に治療を託す。ただし、その場合も教育的観点から治療をサポートすることを惜しまない。「私が出向くこともあれば、腫瘍グループに所属している医師が紹介元の病院に派遣されていれば、その医師がサポートして脂肪腫を切除できるように取り計らいます。いずれにせよ、腫瘍を専門にする医師と一緒に治療を行うことで、治療技術だけでなく、腫瘍の診断ポイントも伝えることができるので、紹介医の診断力を向上させる場にもなります」(川端医師)。
また、この対応は"顔の見える関係性"を構築することにも役立っている。「私にも経験がありますが、一般病院にいると専門医に紹介することをためらう傾向があります。疑わしい患者を紹介しても骨軟部腫瘍ではない確率のほうが高いため、忙しいのに見当違いの患者を送ってきたと専門医に嫌がられるのではないかと。診療所や一般病院の先生たちが患者を紹介しやすいように、普段から顔が見える関係性を築いておくことがとても重要です」(川端医師)。
そして、院内では専攻医たちにも同様の教育を行う。「専攻医の勉強会の場を活用し、一般病院(非専門家)が対応してもよい腫瘍を抽出し、診断のアルゴリズムを作成したうえで、これ以外の腫瘍はすべて大学病院やがんセンターなどの専門医療機関に紹介するように指導しています」(川端医師)。
さらに、川端医師は患者の心の支援にも目を向けられる医師の育成を重視する。「骨軟部腫瘍は学童期やAYA世代(10代後半〜30代)の若者に多く発症します。治療によるダメージは成人より大きく、がんが治っても人生に深刻な影響を及ぼします。子どもたちが治療後の人生を諦めてしまわないようにサポートをすることも日常診療を通して教えていきたいのです」。例えば、命を救うために手足を切断することになり絶望する患児には、自身がメディカルドクターを務めるブラインドサッカー選手の活躍も交えながら、本人のやる気次第で輝ける未来があることを伝える。「それだけで治療への意欲がガラッと変わることもあるので、医師がどのように患者にかかわるのかということは非常に大きいと思います」(川端医師)。
5. 今後の展望
助け合える医局の優れた機能を生かし、
地域のさらなる診断力の向上を目指す
同教室の強みは何といっても、それぞれの医師が違う場所で働いていても普段から診療情報や医学情報を共有し、困ったときに助け合える医局のネットワークが強固に構築されていること。それが希少疾患の拾い上げや診断・治療にも大きく貢献している。稲葉教授は「このような医局の優れた機能を生かしていくうえでも、さらに風通しのよい風土にしていきたい」と意気込む。
一方、崔准教授は「大学にいる立場として常に最新の医学情報にアンテナを張り、地域から"最後の砦"として頼りにされる診療機能の整備と人材育成に一層努めていきたい」と話す。
患者が行き場を失わないように、どんな疾患も見逃がさない――。
この大学病院の使命をまっとうするために、横浜市立大学整形外科学教室は、これからも医局ネットワークを活用した、他に類を見ない教育システムを発展させ、県下の医療機関で活躍する医局員や同門の整形外科医たちの診断力をさらに鍛え続けていくことだろう。
KKC-2024-00433-2
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